3
どのくらいの刻がかかったのかは定かではなかったが、蛭魔の嵐のような勘気の爆発が何とか収まったのは、足元にあって踏みにじりかかった書の数々へと気がついて、それで我に返ったからだったというから穿っている。そこから…広間の床いっぱいに広げられていた巻物や冊子を片付けることとなり。特に咒の教本は混ざってはいないからと、お怒りの元となった式神さんも広間へ上げての丁寧なお片付け。乱暴に扱うなよ、写本なんてな紛いものは1つもないし、その写本だとてどこにもない、この世に1つしかない希少なものだってあるのだからなと脅し透かしての作業は、きっちりと終えるまで小半時もかかっただろうか。奥の壁収納へと種類別に整頓して収めて終了。やっとの息をつき、さて。
「…なあ。」
「んん?」
何だか。事の発端でもあった明け方の会話を繰り返しているような、そんな声をかけて来た蛭魔であったが。あの時に…何でまた“塒(ねぐら)に戻りたくないのだな”と妙な言い掛かりを切り出し、半ば強引な言い回しまでして葉柱を追い返した蛭魔だったのかには、別な真意もあってのことで。
「四日前の夜、いや、未明にかな。
蛇の野郎が此処へと来たのが気になって、
また現れやぁしないかと案じて…それで塒へまで去れなかったのだろう?」
「………まあな。」
ただただ感情的になって拗ねていただけでなく、そこまで見透かしていた蛭魔だったのかと、やっとのこと、大人げなかった彼の唐突な言動へ合点がいったと同時、こちらはそれへ微塵にも気づけなかったものだから。隠し通せなかったことも含めての自分の力不足へと、頼もしい肩をがっくりと落とした式神さんだったりもする。
『よぉ。』
『…っ!』
術師が言うように、数日前の深夜というより未明のこと。やはりセナが下がってからという遅くに逢瀬に来ていた葉柱にあやされての睦みの後、疲れ切った蛭魔が寝入ってしまってから幾刻か。この館の庭先へ…気配もなくの唐突に、招かれざる客人が姿を現して。ほどけば結構な長さがあるのだろう緻密な黒髪を何本もの紐のように綯った、どこか奇妙な風体をした男。一見“青年”の拵えを保っていたが、余裕綽々のにんまりとした笑い方が相変わらずに忌ま忌ましい、こちらからだって忘れはしない蛇の邪妖ご本人であり、
『何なんだ、わざわざよ。』
因縁があるというのみならず、何といっても…ネズミや小鳥や、自分たちのような小さめの蟲などを片っ端から餌にする、悪食自慢の蛇の精だ。しかも…自分のような惣領の位にいるのだろう彼ほどの存在ともなれば、大気や大地からでもそこに在るだけで生気を摂取出来る筈だが、逆に言えば、今その姿を模している人間ほどもの大きな存在だって、咒で凍らせた上でずたずたに切り裂いて、生気ごと容易く食らえるだけのデカイ力を持ってもいよう。あの時はすんなりと降参して引いて見せはしたものの、何かしらの遺恨が彼の側にはやっぱりあって、その腹いせにと…蛭魔と彼の侍従で式神でもある自分を食らいにでも来たのだろうか。そんなこんなと思いつつ、障壁代わりに出て来た濡れ縁にて ついつい身構えてしまった葉柱だったのだけれども。そんな分かりやすい警戒の気配を嗅ぎ取って、
『そんな構えんなって。』
暖かくなって冬籠もりから覚めたんで、ちょっくら挨拶に来ただけだと、口角だけを吊り上げて、いかにも酷薄そうに笑いつつ。阿含とかいう彼は格闘着のような短袷の懐ろへと大きな手を突っ込んで見せると、
『ほれ。』
そこから掴み出したものを無造作にこちらへと放って寄越した。まだまだ暗い夜陰の中、空に瞬く星影の、わずかな光を受けての放物線を描いて山なりに放られたもの。動物的な本能で咄嗟に手が出てしまい、ついうっかりと葉柱が大きな手のひらに受け止めてしまった“それ”は、渋い紅の小さな宝珠であり、光の加減で表面中央に*型の光の条紋が花のように開いて見える。
『“星紅玉”とかいうんだと。』
水晶や翡翠、瑪瑙なんかとはちょっと違う種の硬鉱石らしく、
『それをやる。』
『はあ?』
お前にではなくあの術師にだ。俺の盟主がうるさいのだよ。借りを持ったままなのが落ち着けないから、何か形になるものできっちり返して来いとな。気のない言いようでそうと連ねてから、
『俺の盟主は妙に律義なお堅い奴での。俺らに比べりゃ短い人生なんだから、もっとなりふり構わぬ生き方をすりゃあいいのによ。』
人間が相手なら大概は先に逝(い)んでしまうのだから、どんな借りを作ろうと我らにしてみりゃ さして負担ではないのにな。なのに…俺へも貸しがあるのは落ち着けぬといつもいつも気に病んでやがる。折り目正しくも人のいい主人で困るよと、何ともしょっぱそうな苦笑をし、
『そういや、お前も妙なことをしておるがの。』
要らんことを言い置いて、じゃあなとあっさり去っていった蛇の妖魔。何をとまでは具体的に言い置かなんだ阿含だったのだが、省略された部分は…当事者の片割れだからこそ、あっさりと分かった蛭魔であったりし、
「式神として意のままに従うなんていう支配関係の契約を、眞の名前や血の盟約で束縛している訳じゃあない、当人の意志次第なんていう“言霊(ことだま)の誓約”などという口約束だけで縛られておるのは、ただ単にお前が馬鹿だからってだけだろうにの。」
背けば自身の名誉が泥にまみれるというような、プライドやら美徳やらというものが絡んだような、崇高な次元の話ではないのになと、きっぱり言い切った金髪の術師へ、
「…悪かったの。」
それこそ率直に認めてしまったりする頭目様。
「俺らはお前らみたいに、ややこしくも狡くあれ卑怯であれって訳にいかねぇんだよ。」
たかだか地位的に勝ち上がるため這い上がるためってだけのことへ、詰まんねぇ嘘だのお追従だのを繰り出して、それへの辻褄合わせへと気を取られてなんかいたりしたら、細かい自然の気脈を読めなくなっちまうからの。俺らの存在にさえ気がつかない鈍感な人間と一緒になっちまっちゃあ、冗談抜きに生き残れねぇ。だからわざわざ単純馬鹿でいないといけないんだと、そんな妙なことへ大威張りで胸を張る葉柱であり。不器用そうな、なのに誇らしげな…真っ直ぐな物言いへ、
「………だろうよな。」
蛭魔もまた是と顎を引き、常のように小馬鹿にしたり、勢いづいて高らかに嗤うでなく…静かに目許を和ませて見せる。静かな中にも何かしらの生気を大きに孕み、時に荒らぶれば厄介な破壊力を発揮しもする大気の息遣いを、彼らは素早く読み取れ、その変化を肌身で察知出来る。大地のささやき、風の声。山を削り大河を埋めもし、長い長いスパンにて地形を変えてしまうほどの風の力に寄り添って、人間たちの紡ぐ歴史なんぞ底が知れていると言わんばかりの息の長さでおられるのも、その心根が詰まらぬ浅知恵に染まらず、ただただ素直で実直であるがため。自分たちのような不自然で小狡い存在ではないからこそ、大地から風から愛されている彼らであり、
「寿命が馬鹿みたいに長いお前らは、
小賢しいばかりな人間なんぞとは真摯に付き合ってもおれんのだろうよな。」
長くなったと言っても、そろそろ傾き始めたらしい陽に気づいて、庭に向いた側の御簾を指を鳴らしての咒で巻き上げる。そんな術師の金の髪が、琥珀を透かしたような濃色の陽射しを弾いてきらきらと光った。
「人間の寿命なぞ、あっと言う間なんだろう? そんな俺らと親身になって付き合うよりも、仲間のところに戻っててやれや。」
お前ほどの力のないものは、逆に人間よりも寿命が短かいのだろう? そういう輩にしてみれば、頼りの頭目殿が詰まらん人間のところへ入り浸っているなんて、殊の外に不安なのかも知れんしの。そんな言いようをする彼へ、
“…蛭魔?”
どこかしおらしくて何とも彼らしくない。何故にそんな弱気なことを言い出すのかと、怪訝そうに眉を寄せた葉柱だったが、
「………俺らは置いていかれるのだな。」
――― おや、と。
ぽつりと零れた一言に。柄にないしおらしさの根が見えたような気がして、葉柱がその翡翠の瞳を少しばかり見張ってしまう。そうであることへの肅々とした降伏を匂わせるような、いつだって強気で勝ち気な彼にはらしくもない発言であったのと、それからそれから。陰陽の理を操る術師として、自然の気や自分のような邪妖をも相手にしている彼なのだから、そんなことくらい分かっていように何を今更と思ったその先で、
“…蛭魔。”
なかなか視線を合わせてくれない術師ではあったが、そんな彼が結界を張って此処に立て籠もっていたその間、その前に座っていたらしい文机の傍らには、今朝方、貸したそのままに、此処へと置き忘れていった葉柱の狩衣が無造作に広げられており。寝床とは反対の離れた場所へ、しかも…あちこち膨らんでふんわりとして置かれてあるのは、ただ無造作に床へと捨て置かれてあったのではなく、ついさっきまで膝に掛けるなり肩に羽織るなりして、持ち上げられていたればこその、その名残り。
『でも。焼き餅って、どうでもいい人へは焼きませんしね。』
セナの言いようではないけれど、これもまた、元の持ち主を嫌っていて疎んじていて出来ることではない筈で、
――― 置き去りにされることくらい重々解っている。…けれど。
解っているということさえもが、
口惜しくてならないと感じた彼なのならば?
そんな弱気を晒したくはなくて、だから。呼んでもないのに傍らに居たりするなと、あんな邪妖ごときの気配なんざ案じるな、これ以上の情が移る方こそ癪だからとっとと帰れと。春も盛りの猫たちの睦みの声を聞いたことで弾みがついたか、必要以上に葉柱が寄るのを引き離そうと構えた彼だったのかも? だとしたならば、
“…判っかりにくい奴だよな、相変わらずよ。”
それはまだ読むのか、一本だけを残した巻物。綺麗な作りの手でそれをことりと置いた文机の前、崩れ落ちるように力なく とさりと腰を下ろした痩躯を見下ろし、
「何を言ってやがるかな。」
あ〜あだなと呆れたような声を出し、
「これだから人間て奴はよ。」
投げ出すような口調になって、葉柱が何をか語り始める。
「色々と知ってて賢いんじゃねぇ。知らないことがあるのがよっぽど怖いのか、わざわざ物の道理を裏返しては、徒にややこしくしてるだけなのだからの。」
どっちが馬鹿だかと言わんばかりの口調になったのが、何となく面憎(つらにく)くなって。
「…っ。」
自然界の気配には敏感でも、人の情へは理解の薄い、何にも知らない鈍感野郎がと。殊勝だった気配を薄絹のように易々と剥ぎ取り、勢い良く立ち上がりながら、術師殿がその細い眉を吊り上げかけたものの、
「置いてかれるのは俺たちの方なんだぜ?」
絶妙なタイミングにて、ぴしゃりと付け足された一言で…そんな気勢を制されてしまった蛭魔であるらしく。振り返ったすぐ間近。思っていた以上の近間に立っていた相手の、翡翠の瞳に射止められ、
「………そう、なのか?」
確かめるように訊き返した彼へ、
「ああ。」
ニヤリと不敵そうに笑った蜥蜴の頭目。不意を突かれたように立ち尽くす痩躯をその懐ろへと掻い込むと、
「俺らを置いて、勝手にとっとと逝(い)んでしまうのだからな。だってのに、同族同士で殺し合いまでする愚かな連中だから始末に負えん。」
縄張り争いなら負けた方が去(い)ねば済むことだろうによ。面目玉を潰されたくらいで、執拗に…直接の相手以外の血縁まで呪える気概の複雑さで戦を始めてその結果、自分も一族諸共に滅びてしまったりするのだからの。人を呪わば穴二つとか言うのだそうだが、我らにはわざわざ殺し合うとはご苦労なこととしか思えない。くつくつと笑う葉柱の声は、だが、嘲笑しているそれにしては妙に温かく、
「もっとも、お前だけはそう簡単に死なせはしないがの。」
「………ああ。」
この俺様を膝下にして偉そうにしている、希有な野郎だしな。だから…少しでも長く生きて付き合ってけや。そんな乱暴な台詞を、なのに柔らかな言いようで紡げば、
「…偉そうにぬかしてんじゃねぇよ。」
全っ然 使えん奴で、こっちが何かと守ってやってたのを忘れてんじゃねぇよ。やっとのこと、挑発的な言いようが返って来たのへくすんと微笑い、
「言霊の契りだけでは不安か?」
「………。」
自分よりも少しだけ背丈の低い青年の頭の先。雲間に陰った薄陽の中で、鈍く光る金の髪に口許を埋めた頭目殿。黙りこくってしまった盟主へと、低く響いて深みのある声にて言い足した。
「何なら眞(まこと)の名を教えといてやるが。」
「………。」
懐ろに抱いた細い肩が、一瞬確かに震えてから…。されど“要らねぇ”と。小さな声が返って来たのはさして刻を挟まぬ間合いでのこと。
「無理から縛って意のままに出来ても興冷めだからの。」
眞の名前。陽の世界での正式な生まれではない故に殻を持たない陰体に、その身が存在することを大地が許した祝福を意味し、それを知られれば相手から絶対の支配を受けることになるがため。存在を消されぬよう、何があろうと駆けつけるから、何があろうと守るからという絶対服従の誓約にも使われていて。だってのに…それを教えておこうかと、自分からひょろっと言い出す葉柱の単純さにあっては、擽ったげに苦笑うしかない蛭魔であり。その笑顔が何とも切なげな、それでいてたいそう綺麗な代物だったので、
「………。///////」
「? どうした?」
その髪に陽が反射して眩しかっただけで、何でもねぇよとそっぽを向くのがまた怪しいと。却ってなあなあと懐かれて、ますます困ってしまった翡翠の眸の頭目さんだったそうである。春や春、爛漫の春も間近い午後の一時に、まだ幼い猫の声がどこからか聞こえて来た、それは長閑な蛭魔邸だったそうですよ。
おまけ 
なんとも賑やかだった仲たがいが何とか収まったそのまんま。二人そのまま濡れ縁へと座り込み、春の黄昏の満ち始めた庭先を言葉少なに眺めやる。昼の間は暖かいが、宵が迫ればさすがにまだ肌寒くって。いつものように式神さんの濃色の狩衣を借りた蛭魔だったが、
「お前は寒くはないのか?」
冬籠もりまではしないとはいえ、寒さが堪えない種ではない筈。なのにいつだって、人にばかり暖かくあれという施しをする彼であり。屈強なその肢体は、確かに丈夫そうではあるけれど。皮下脂肪が多くも見えないのにちゃんと凌げているのかと、肩越しに見上げて訊いたところが、
「俺らの肌は特別に丈夫なんでな。」
胡座を崩して膝を立てたその間に座らせて、こちらの懐ろへと凭れさせた愛しい痩躯へ。長い腕まで回して抱き込めて、完全防寒の構えを取ってくれる甘やかし上手。そんな葉柱が話を変えようとでも思ったか、蛭魔の眼前へ“ほれ”と差し出したのは、小さな錦の袋に入れられた、件(くだん)の紅の宝珠だそうで。細い組紐の緒で提げられた、大人の親指ほどのそれは、一見すると何かのお守りのようでもあったが、
「結局、これって何なのだろうな。」
術師の白い手のひらの上へと落とし込んでやった葉柱の声へ、その懐ろへ掻い込まれたまんまの体勢にて、
「さてな。」
蛭魔にも思い当たるものはないらしく、幼子のように素直にかぶりを振って見せるばかり。手の上へ ころんと出して転がしてみても、特に何かしらの威力を孕んでもおらず。弱い陽射しに照らされて、黙したまんまの小さな輝石に過ぎなくて。それでも、これを渡して来いとあの蛇妖に命じたらしき導師を覚えている蛭魔としては、
“確かに頑固そうな律義そうな奴ではあったが…。”
義を通すためになら いっそ命まで落としても悔いはないとか言い出しそうな、そっちの方面へは頑迷そうな青年だったことを思い出し、
「ま、くれるというなら貰っておくか。」
実は…何かしら仇なすためにと放られた、それこそ危険極まりない布石なのかもしれないが、
「俺に限っては、そんなもんをいちいち警戒していてはキリがないのだし。」
剛毅なんだか面倒だからか、一応は豪快な言いようをした蛭魔の、威勢のいい笑い声を黙って聞いていた葉柱が、
「………なあ。」
静かな声を出して、自分の懐ろを見下ろした。細い顎を反り返らせて“んん?”と見上げて来た相手の、底が透けてそうな淡い眸を覗き込みつつ、
「やっぱ、教えとく。」
「…要らねって言ってるだろうが。」
短い一言で何のことだか判った蛭魔へ、そんな呼吸にも気づかぬままに、
「だってお前、自分がどんだけ強い術師なのか、ならばこそ、邪妖たちからどんだけの恨みを買ってるか、本当に知っているのか?」
どんな企みや布石へも“今更怖がったって始まらない”などと胸を張るような青年だから。自分もまたその邪妖の側であるのに、ついつい彼の身を案じて掻き口説くように言いつのる葉柱であり、
「俺の眞の名は素晴らしく短いのだ。だから一息、ほんの呟きで呼べる。」
「はばしら、でも一息だぞ。」
そういう問題じゃあないのだし、そもそも人を息の短い爺ィと一緒にしてんじゃねぇよと茶化した蛭魔へ、
「るい、だからな。」
「………あ。」
しまった、不意を突かれたと、どこか複雑そうなお顔になって。そのままぷいっとそっぽを向いた。
「蛭魔?」
「うっせぇなっ!///////」
勝手をしたこと、そんなに怒っているのだろうか。耳の先をさっきの宝珠に負けないくらいに真っ赤に染めた術師殿。
「呼んでみな。」
「良い。」
「良くねぇよ。ほれ。」
「………。」
耳元で急かしても聞き入れず、頑迷にも口を噤んでしまった術師だったが、
「そっか。呼ばれねぇと、俺、大地の気にその名を吸い込まれちまうんだがな。」
残念そうにそうと言い足し、
「名がなくなれば、ほれ、あの進の奴がそうなりかかっていたように、名もなき者になってしまって、やがてはこの身が ほどけてしまうのだがの。」
「〜〜〜〜〜。」
どこまでホントかは、そんな名を持っている境遇にある者にしか判らない事情だから。うりうりと急かされて、已なくのように小さな小さな声で、
「…………るい。」
そうと呼べば。これまた唐突に、葉柱の全身がふわりと淡く光った。
「わ…っ!」
熱も刺激もない、ただ優しいだけの明るさだったが、その懐ろにいた自分までもが光の中に包まれてしまったことへ、反射的にぎょっとした蛭魔であって。彼には珍しくも、怯えたように撥ね上がった肩や背条を宥めたのが、
「これで成立だな。」
頭上から降って来た…微かに笑みを含んだ、葉柱のいかにも愉快そうな声だったので、
「〜〜〜〜〜。///////」
あっさりと丸め込まれたことや、こんな些細なことへわたつきかかったことも含めて、偉そうにしやがってこの野郎と腹立たしく思いつつも…何故だか不思議と反駁の文言が浮かんで来ない。それほどまでに此処は暖かで居心地が良かったし、頼もしい肢体に触れている自分の肌のそこここが、このままで居たいと甘えたことを主張して憚らないものだから。
“………。”
いい子いい子とあやされるのも、こいつに限っては“まあいっか”と。心のどこかで妥協出来る自分の甘さの方へこそ苦笑をし、どこからか香る沈丁花の華やかな匂いに紛らせて、うっとりと目許を細めて微笑んだ蛭魔であった。
〜Fine〜 05.3.25.〜
*ここんとこ、強気の蛭魔さんにお見限りしておりますのでと、
カッコいいお館様に逢うつもりで書き始めたのですが。
結果的には…こちらも何だかほのぼのしちゃっておりまして。
葉柱さん中心のサイトさん巡りの し過ぎかなぁvv
春だからかなぁ。
現世もやっと、春も盛りになりそな今日この頃ですしねぇ…。
←BACK/TOP***
**
|